団体総括(本編)

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麻原四女の著書における、上祐代表に関する記載の誤りについて

 麻原の四女が、『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』(徳間書店刊・以下「本書」と記します)において、上祐代表が麻原崇拝の事実を隠していたり、オウム事件被害者への賠償金の支払いに消極的であったりするかのような誤った印象を与える記載をしている件について、以下の通り、真実のほどを記させていただきます


◆四女が誤りを述べている背景

 四女が、事実に反するこのような記載をしている背景には、四女が自分自身の重大な行動を隠し、本来なら自らに向けられる批判の矛先を上祐代表などの他人にそらすという目的があるものと思われます。
 四女が隠している重大な行動とは、ジャーナリストの江川紹子氏に未成年後見人になっていただいていた期間中(2007年)に、「私には麻原尊師からの(霊的)コンタクトがあり、尊師の意思がわかる」と述べて、信者・元信者を集めて独自の麻原信仰グループを形成しようとしていたというものです。
 四女はこの行動が江川氏に発覚してしまったために江川氏のもとを離れていくのですが、この最も重要な事実について、四女は本書の中で全く触れておらず、そのことをごまかすために、江川氏や上祐代表などの周辺の人物を悪者にするかのような虚偽を述べていると考えざるをえないのです。
 そこで、まずは以下に正確な事実関係について記します。


◆四女は麻原崇拝グループを作ろうとしていた

 四女は、「私は今、心の病と闘っています」と本書の最後(p240)で述べていることや、本書全体の記述からもわかるとおり、長年にわたって精神的に極めて不安定な傾向を有してきました。そのこと自体は、麻原家やオウム教団という異常な環境から生じたもので、私たち自身も、反省を込めた同情を禁じ得ません。
 そこから四女に生じた苦悩のほどは察するにあまりありますが、その不安定な精神傾向のために、麻原を激しく批判したかと思えば、一転して麻原への崇拝を熱心に説いたりするなどして、多くのオウム・アレフ信者に影響を与えて混乱させてきたのも事実でした。
 2006年、四女は麻原家から家出し、江川氏に未成年後見人となっていただきましたが、その際、江川氏からは2点の約束を守るようにと指導されていました。それは、教団の信者とは接触せず、教団の活動をしない、というものでした。江川氏にとっては当然の約束でした。
 ところが、やがて四女は、江川氏との約束を無視する行動を始めました。具体的には、教団の信者や元信者らと接触して、「私には尊師から(霊的に)コンタクトがあり、尊師の意思がわかる。私について来なさい」と話し、独自の麻原崇拝のグループを形成する動きを始めたのです。
 また、四女は、周辺の信者・元信者らに対して、麻原と同じように、オウム・アレフにおける宗教上のステージ(階級)を付与し始めました。そのような信者・元信者の中に、四女と親交があったある元女性信者(本書p174に記載)がいます(以下、文中ではこの元女性信者のことを「A子さん」と記します)。
 四女はA子さんとしばらくの間同居しており、オウム真理教の位階制度でいえばかつての上祐代表と同じ「正大師」の位置づけをA子さんに与えて、四女が形成しようとするグループにおいて幹部的な役割を与えようとしていました。
 しかし、A子さんは、四女のそうした突出した行動を見て、「それが宗教的に正しいことなのか」「江川さんを裏切っていることではないか」といった疑問を強く抱きました。そこで、A子さんがメールで相談したのが、以前知り合いだった上祐代表でした。
 A子さんから一種の「内部告発」を受けた上祐代表は、彼女からの話を聞くだけでなく、自分の人脈を使って、四女が確かにそのような行動を始めていることを確かめました。すると他にも、四女の「裏オウム」のグループに誘われている者が見つかったのです。現在「ひかりの輪」に参加している会員(元オウム出家信者でもある)の中にも、この時期、そのようにして四女から声をかけられた者がいました。
 上祐代表としては、四女のそのような行動はやめさせなければならないし、また、このまま放置すれば江川氏が四女の麻原崇拝の裏活動を知らないうちにバックアップすることになってしまうので、それまでに何度か面会したことがあった江川氏に、この事実を通知することにしました。また、A子さんにも、江川氏に事情を話すように助言しました。
 上祐代表から連絡を受けた江川氏も、周辺の元信者らから話を聴いて確認しましたが、四女は江川氏に何の弁明も反省もしないうちに江川氏の前から突然姿を消してしまいました。
 上祐代表が、最後に四女と連絡を取ることができたのは、江川氏のもとから四女が離れた頃の、2007年夏のことでした。その頃の四女は、麻原への崇拝の度を強め、一連のオウム事件は宗教的に深い意味があったという見解を持っていたため、上祐代表は、そのような考えは間違っていると電話で戒めました。


◆江川氏も四女の麻原崇拝の事実を確認している

 江川氏は、こうしたことから、20079月に、四女の未成年後見人を辞任されました。辞任の際に、マスコミに向けてコメントを発表していますが、その中で、四女が麻原崇拝の活動を始めていたことについて、以下のように記していらっしゃいます(江川氏のサイト『Egawa Shoko Journalhttp://www.egawashoko.com/c006/000237.html より一部抜粋)。

 残念ながら彼女の父親を「グル」と崇める気持ちや宗教的な関心は、私が気が付きにくい形で、むしろ深まっていました。彼女の状態が分かるたびに、私はカルト問題の専門家の協力を得ながら長い話し合いを行いましたが、効果はありませんでした。
 7月末、彼女は住んでいた場所を飛び出し、行方不明となりました。その後、何度かメールのやりとりはありましたが、8月10日以降は音信不通の状態です。再三話し合いを呼びかけましたが、応じてはくれませんでした。今なお所在は分かりません。
 こういう状況では、未成年後見人としての職務を果たせませんし、オウム真理教及びその価値観と対峙してきた私としては、教祖の後継者という自覚で行動している者を支援していくわけには参りません。

 江川氏も指摘されている通り、四女は「父親(麻原)を『グル』と崇める気持ちや宗教的な関心は......深まってい(き)」「教祖の後継者という自覚で行動して(いた)」のです。
 しかし、四女は本書の中で、そのことには全く触れていないのです。
 もっとも、次のようには記しています。

 元教団代表の上祐さんや私と付き合っていた元信者の人たちが江川さんに、私が父を崇拝し、オウムの活動をしているなどと、江川さんの私への不信感を煽るようなことを言い、それを江川さんが信じてしまったことなどがあり、結局仲たがいしてしまいました。(p172

 つまり、四女の麻原崇拝の事実は、上祐代表や元信者らの作り話であり、江川氏はその作り話にすっかり騙されてしまったというのが、四女の主張ということになります。
 しかしながら、これまで社会的に様々な功績を挙げてこられた江川氏が、公の文書にて四女の麻原崇拝の存在を断言していることからもわかるとおり、江川氏は十分に慎重な調査の上でそのような結論を出されていると思います。
 江川氏は、四女が長らく生活を共にしたA子さんから直接よく話を聞いていますし、その他四女が勧誘した元信者の情報を入手されています。
 よって、上祐代表や元信者が作り上げた話では全くありません。もし作り話であれば、四女が江川氏のもとを突如去る理由はありません。


◆四女自身も麻原崇拝を事実上認めている

 さらに、四女自身も、麻原崇拝していたことを事実上認めているのです。月刊『創』(創出版)20106月号におけるインタビュー記事(「麻原彰晃の娘に生まれた私が思う『父と死刑』」)において、四女は次のように述べています。

 家出をする前後、一種の現実逃避だったのかもしれませんが、辛いことがあると修行に逃げていた時期がありました。ところが、一心に修行に打ち込んでいたら、ある時から父の姿が見え始めるようになったんです。そして、その父が、いろいろ指示を出してくるようになりました。

 また、四女は、その「父」に逆らいようがなく、毎日のようにやりとりをしていたと述べています。そして、「父親の姿が見えるというのは、その後はないの?」というインタビュアーからの問いに対しては、次のように答えています。

  あれは解離性障害のようなものだったんだと思います。現実で辛いことがあると酷くなるのですが、江川さんのところにいたときが、その意味ではピークでした。姿が見える、声が聞こえるというレベルではなく、体の中から自分の意識がなくなってしまい、別のものに乗っ取られて操られているという感じでした。そのときに言ったりやったりしたことは、全然覚えてないんですよ。

 さらに、四女は本書の中で、

 見えてしまう父の支配から逃れられたのは、0711月のことでした。(p183

 江川さんが後見人になってからの数カ月間はまるで夢の中の出来事のようにおぼろげなのです。(p171

とも述べています。

 こうして、四女は、江川氏のもとにいる期間をピークとして、「見えてしまう父(麻原)の支配」を受け、いろいろな「父」の「指示」を受けており、時には「別のものに乗っ取られて操られて」しまい、逆らいようがなかったが、そのときのことは「全然覚えてない」か「夢の中の出来事のようにおぼろげ」であるというのです。
 ここからもわかるとおり、四女が江川氏のもとにいるときに、客観的に見て麻原崇拝としか思えない行動をしていたことは、四女自身が認めているも同然であり、しかも周辺の複数の証言を勘案すれば、事実であったことは間違いないといえるのです。
 にもかかわらず、四女が本書においてその事実を否定するのは、自分にとって社会的に極めて不都合な事実を隠そうとしているか、あるいは四女自身がいう「心の病」によって本当に忘れてしまっているかの、いずれかであると考えざるを得ません。
 仮に本当に忘れてしまっているとしても、「どうしても忘れたい事実だから忘れている」と考えられ、意識的か無意識的かは別として、麻原崇拝の行動に起因して江川氏のもとを逃げ出さざるを得なかったという重要な事実を本書において隠していることには変わりありません。


◆麻原崇拝の事実を隠しているために不自然な話の流れになっている

 このように重要な事実を隠しているために、四女が江川氏のもとから失踪する話の流れが、本書においては極めて不自然なものとなっています。

 第一に、もし本当に四女にそのような事実がなく、単に上祐代表や元信者らの作り話にすぎないのであれば、自信をもって江川氏に弁明するのが自然なはずです。しかし、突然江川氏のもとから姿を消し、連絡が全くとれなくなったという事実が、何が真実かを明らかにしています。

 第二に、本書においては、上祐代表は麻原信仰を隠し持っているという前提になっていますが、もし本当にそうであれば、わざわざ江川氏に対して、四女が同様に麻原信仰を隠し持っているという事実を通知するはずがありません。むしろ同じ麻原信仰を持つ者として、上祐代表が四女の行動を内心支援し見守るために、江川氏には通知しないというのが自然なはずです。
 もちろん上祐代表も、その総括文書の中にあるとおり、麻原信仰の脱却には時間がかかっています。しかし、四女が江川氏のもとを離れざるを得なくなった2007年の時点では、すでに上祐代表は麻原信仰を完全に脱却しアレフを脱会済であり、麻原信仰を広めることはおろか、信者・元信者が麻原から脱却するための活動さえしていました。だからこそ、四女の麻原崇拝活動を江川氏に通知するようにと、上記A子さんにも助言したのです。

 第三に、上祐代表のみならず、複数の「元信者の人たち」も同様に四女の麻原崇拝の事実を江川氏に話していますが、元信者らが口裏を合わせて嘘をつく動機は全く見当たりません。彼らは皆が、四女と江川氏のことを思って告発的な行動を取ったのです。


◆不自然な話をごまかすために、他人を不自然なまでに批判し悪者にしていること

 以上のように麻原崇拝の事実を隠したまま、四女が江川氏のもとから失踪したことを説明しようとすると、どうしても不自然な話の流れになります。その不自然さをごまかすためと思われますが、四女失踪の原因は全て周辺人物の責任であるとして、周辺の他者に対する不自然なまでの批判を展開し、他者を悪者に仕立て上げているのが、本書全体を通じての特徴となっています。

江川氏に対する不自然な批判

 第一に、最大の不自然な批判は、江川氏に対するものです。
 江川氏は長らくジャーナリストとして、オウム真理教と戦い、麻原と戦ってこられました。そのような江川氏が、麻原の娘である四女の未成年後見人を引き受けることには相当の覚悟が必要だったはずです。そこをあえて引き受け、四女のために献身的な努力をしてくださった恩人であるにもかかわらず、本書において四女は、自らの失踪の原因は江川氏にあると批判しているのです。

元女性信者(A子さん)に対する不自然な批判

 第二の不自然な批判は、四女が付き合っていた元女性信者・A子さんに対するものです。四女は本書で、A子さんについて、次のように述べています。

 ある元信者の女性は「事件を起こしたのは父ではない」と信じていました。私は信頼していたその信者女性と2カ月ほど一緒に住んでいたことがあったのですが、私は彼女がそういう考えであることを知りませんでした。
 しかし、076月、元信者女性と私の関係が悪化すると、彼女は私が送ったメールをすべて江川さんに見せたのです。言ってもいないのに「事件は父が起こしたのではない」と私が言っているとか、「私が妄想に取りつかれていて危険だ」と江川さんに吹聴していたのです。
 私は彼女が私にしか言わなかった本音を誰にも言わないようにしていたので、裏切られた気持ちでした。最終的にはこの一件が江川さんから疑われるきっかけとなりました。元信者女性が大人で、私がまだ未成年だったから信用されなかったのかもしれませんが、とにかく彼女は怖い女性だという苦い記憶だけが残りました。(p174

 この記載によれば、A子さんは、事件は麻原が起こしたのではないという考えを持っていたとされていますが、上祐代表やA子さんの母親は、A子さんが麻原とオウムの一連の事件を明確に認識し、反省し、その上で脱会した経緯を熟知しています。
 そして真実は、四女の方がA子さんに、「事件は父が起こしたのではない」という趣旨の話をして、驚かせていたのでした。この点については、上記の通り「(四女が)妄想に取りつかれていて危険」な状態であったことを四女自身が月刊『創』のインタビューで認めていることからも明らかです。
 こうして、四女は、A子さんに告発された自らの麻原崇拝の事実を隠すために、実際とは正反対に、四女ではなくA子さんの方が麻原が事件に関与していないという妄想を抱いているという嘘をつき、A子さんを「怖い女性だ」として、悪者にしてしまっているのです。
 ここで特に注意を要するのは、自分が行っていた不都合な行動を、批判の対象に転嫁するという四女の行動です。つまり、「事件は父が起こしたのではない」と実際に言っていたのは四女本人のはずなのに、批判の対象であるA子さんが言っていたことにしてしまっているのです。
 このように、自らの行動を隠すために他人がそれをやったことにするという虚偽を述べるのは、恥ずかしながらオウム真理教の常套手段でもありました。たとえば、教団に敵対していた坂本弁護士一家を拉致したのは麻原・オウムであったにもかかわらず、麻原はその事実を隠すために、拉致の犯人は同弁護士を顧問にしていた出家信者の親たちのグループだと虚偽の主張をして批判したのです。
 悲しいことですが、四女自身も、麻原に「乗っ取られて操られて」いる間、麻原と同じ過ちを繰り返していたとしか言いようがないのです。

上祐代表に対する不自然な批判

 第三の不自然な批判は、上祐代表に対するものです。
 前記の通り、自らの行動を隠すために他人がそれをやったことにするという虚偽を述べる四女の行為は、まさに上祐代表に対してもなされていることがわかります。
 四女は本書全体を通じて、上祐代表は隠れて麻原崇拝を行っており、オウム事件被害者への賠償金の支払いはもったいないと考えているかのように印象づけていますが、それはまさに、四女自身の行動や考えを隠すために、上祐代表がそうであるかのような虚偽の印象を与えているとしか言いようがないのです。
 現に、上祐代表自身が、四女の麻原崇拝活動に関して、江川氏に真実を報告するようにとA子さんに助言した本人でした。もし、上祐代表自身が麻原崇拝活動を肯定しているならば、そういった告発を助言するはずがありません。
 また、上祐代表が、1997年頃から徐々に麻原を相対化し始め、2006年春頃に、麻原信仰からの完全脱却に入る精神的なきっかけを得て、20073月には、麻原・オウム・アレフ信仰と完全に決別し、脱会独立して「ひかりの輪」発足させたこと、そして、発足以来4年半の間、麻原の教義と麻原崇拝の誤りを説き続け、多くの信者・元信者を麻原崇拝から脱却させてきたことは周知の事実です。
 そして、被害者賠償についても、アレフが被害者賠償契約の締結を拒否しているのとは対照的に、上祐代表を代表とする「ひかりの輪」では、2009年に、オウム真理教犯罪被害者支援機構と、残存する全ての賠償責任を担う趣旨の契約を正式に締結し、賠償を継続して行っていることも、明らかな事実です。
 にもかかわらず、四女が上祐代表についてこのような虚偽を述べる背景には、上記の通り、四女自らの麻原崇拝の行動を隠したいという心理が働いているからとしか考えられないのです。


◆本書の信憑性は極めて低い

 以上の通り、四女は、麻原からの脱却をテーマとする本書の最も重要な部分において、全く信憑性のない記述をしています。
 このように、何の裏付けもないまま、このような不自然かつ信憑性の低い内容の出版をおこない、上祐代表および当団体についての誤った情報を流布した徳間書店に対して、当団体は抗議書を送付する予定です。
 また、公安調査庁までもが、このように信憑性に欠ける本書の内容を無批判に引用する形で、上祐代表がいわゆる「麻原隠し」をしており、被害者賠償金の支払いに消極的であるとの主張を、年次報告書(『内外情勢の回顧と展望 平成23年版』)に掲載し公表したことは、まことに遺憾であり、同様に公安調査庁に対しても当団体から抗議書を送付する予定です

 最後に当団体としては、四女が一日も早く心の健康を取りもどし、大人としての責任をとっていけるようになることを、心からお祈りしています。

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